桃居

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​「一点もの」と「揃いもの」

一つの規格にそって数を制作したものを「揃いもの」あるいは「数もの」とよびます。手作業である以上「揃いもの」といえども、工業製品のように判で押したように揃っているわけではありません。一つずつ「揺らぎ」や「呼吸の違い」があり、焼きにも差異があるのが一般です。

川淵作品「揃いもの」は、「一点もの」のような自由さを求めて厳密な寸法どりをせず、手の動きに任せて概見で形を揃えていきます。いわゆる職人技的揃え方はしていませんが、のびやかなタッチと動きをお楽しみいただけると思います。焼きあがった数のなかから、作者の決めた規格に外れるものを除いたものが「揃いもの」作品となります。
一方、規格なしに一点一点自由に制作したものが「一点もの」です。「今、ここに、この形が成った」という作り方です。それ故出来はばらつきますが、個々の存在がくっきりとした、平均をはるかに超えた良品を得ることができます。この優良品のみを選びだしたものが「一点もの」作品となります。

​技法について

桃山時代、東南アジアや中国南部、琉球から南海交易船がもたらした容器を、往時の茶人が水指、花入れ、建水などに使い、「南蛮」と称しました。

鉄分の多い赤土をがっちりと焼き締めた古拙な作りをしめします。のちに日本でもその写しが作られるようになりました。

川淵作品においては、鉄分の多い赤土をほぼ原土のままで成形し、「蛇窯」(半地上式単室長窯)と呼ばれる原始的な薪窯で6日6晩かけて焼き締めます。灰や燠のかかり具合などにより、多彩な色・肌合いに仕上がります。土味を最もシンプルに楽しめるも南蛮の魅力の一つです。

​南蛮(なんばん)

赤土の素地に白泥で化粧を施し、釉薬をかけて焼き上げた焼き物です。李朝の焼き物を源流とし、粉を引いたような風情から「粉引」あるいは「粉吹」と称され茶人に愛されました。

素地の濃い色をベースに、幾重にも重なる複雑な白が深い奥行きを与えます。

​白泥流しもこの技法の応用の一つです。
 

粉引(こひき)

赤土の素地に、刷毛で白い化粧土を施したものです。

素材こそ粉引と同じですが、刷毛のタッチによって多彩な表情が生まれます。​鉄分を多く含む素地は焼き方によって黒から緑灰色まで​幅広い暗い色を呈します。刷毛による白とのコントラストも見どころの一つです。

刷毛目(はけめ)

高麗朝末から李朝にかけて焼かれた黒高麗と呼ばれる黒い焼き物があります。鉄彩青磁がその実体ですが、素地に鉄分の多い土石類の泥漿で化粧を施して青磁釉をかけて焼き上げたものです。釉薬自体が黒く発色しているのではなく、鉄化粧と釉薬が織りなす奥行きのある黒が魅力です。

​鉄彩(てっさい)

露天で素地に燃料の草木を被せて焼く最も原始的な方法です。縄文や弥生土器なども野焼きの土器です。野焼きで得られる温度は900℃くらいまでなので、土器はとてももろい焼き物です。窯が発明され、高温焼成の焼き締った焼き物が現れると廃れていき、現代では実用に使われなくなりました。しかし土器には土器にしかない美しさがあります。

川淵作品では、生地を一度高温の窯で本焼きし、この焼き締め素地に土器の土を塗布、野焼きで再焼成して、土器の風合いと実用強度両立させています。

野焼(のやき)

野焼きの楽は、土器のように露天で焼く楽焼です。楽焼は元来窯で焼くのですが、楽釉の熔ける温度が8~900℃なので野焼きでも焼けます。燃料の草木を被せ直火で焼くので、思わぬ色彩の変化が現れます。野焼き土器と同様実用強度を高めるために、焼き締めた素地に低花度釉を施し野焼きします。

野焼きの楽(のやきのらく)

磁器は陶石やカオリンを主体にした磁土で作られ、陶器より素地のガラス化が進んだ焼き物です。固く焼き締り吸水性がなく、透明性を帯びます。この磁器土に赤土を少々加え、生地を不透明にして焼き締めたのが「生成り瓷器」です。生成木綿のようにさっぱりとした風情を求めた作品です。

​生成り瓷器(きなりじき)

釉薬の原料の一つに来待石があります。天目、瀬戸黒、柿釉などの鉄釉を合わせるのに含鉄原料として調合します。島根県宍道湖畔の来待に産する石は古くから石材に用いられ、その粉末は釉薬の酸化鉄の原料にも使われてきました。

来待石は他の原料と調合されるのがふつうですが、単体でも熔けて釉薬になり、焼きようによって黒、褐色、柿色など様々に変化します。

川淵作品では、あえて特定の色の焼き上がりを目指さず、逆に焼きによって様々な色を取り出そうと試みています。

​来待釉(きまちゆ)

釉薬について

釉薬は、珪酸に無機塩類調合し高温で焼いてガラス化させたものです。

珪酸は焼き物の主な原料で、純良な原料が珪石で、その他に長石、土、藁などの禾本科植物の灰にも多く含まれています。珪酸を熔かすには1700℃以上の温度が必要ですが、カリウム、ナトリウム、カルシウムなどのアルカリ無機塩類と合わせると1200~1300℃で熔けてガラス化します。長石は珪酸に無機塩類が合わさった天然原料で、単体でも釉薬になり、釉薬の主原料です。

東洋では古来、長石や陶石に灰を調合して釉薬にしてきました。草木の灰からアルカリ無機塩類を得てきたわけです。

長石の多い調合の釉薬を長石釉、草木灰の多いのが灰釉、藁灰が多い藁灰釉と呼び分けます。

明治以降の近代窯業では、成分の不安定な草木灰や藁灰を石灰石や珪石に替え、様々な酸化鉱物を補助剤に調合しています。

川淵作品では、古来の灰合わせの釉薬を使っています。灰合わせの釉薬は不安定でも、それだけ窯変しやすく、灰が含む様々な酸化金属類による温雅で奥の深い釉調がえられ、陶芸作品には欠かせないものです。

「景色」について

​やきものの表面に現れる様々な変化を「景色」と呼びます。様々な要因が重なって現れるため、一点一点の「個性」とも呼べる要素の一つです。

窯の中で酸化と還元を繰り返す薪の炎で、作品が灰を浴び、あるいは燠に埋まり、焼かれることで、器の肌合いと色彩がさまざまに窯変します。火前と火裏という風に大きく色彩を変えるようなものが「火変り」です。

「炎で絵を描く」と称される南蛮の大きな特徴の一つです。

火変り(ひがわり)

南蛮を重ね焼く際、作品同士の溶着を防ぐために窯道具(ハマ)を置いた跡です。「牡丹餅」とも呼ばれます。

ハマ跡(はまあと)

​釉薬を施した作品を重ね焼きする際にできる跡です。焼成中に熔けた釉薬同士が熔着するのを防ぐため、道具土の玉(芽)を高台につけて重ね合わせ焼成します。この部分は無釉なので、使いこむほど「育って」きます。

芽跡(めあと)

南蛮の重ね焼きの際、貝殻に道具土を詰めたものを「芽」として使う​事があります。​貝殻と接していた部分はカルシウムと土中の珪素が結び付き、独特の模様が現れます。

​貝跡(かいあと)

焼成中加熱によって膨張していた作品は冷却とともに収縮、固化していきます。その際、釉薬と素地の収縮率の差によって釉薬表面に生じる細かなヒビ割れを「貫入」と呼びます。ご使用いただくうちに「育って」きます。写真はある程度「育った」状態です。

貫入(かんにゅう)

粘土に混じる石や鉄の粒が焼成中に膨張し、素地から爆ぜ出たように表面にあらわれたものです。南蛮の素地は石や鉱物の粒などが混じったままの源土を使用しているため、しばしばこうした予期せぬアクセントが現れます。

石爆ぜ(いしはぜ)

赤土に含まれる硫化鉄が焼成時に噴き出したもの。ほくろのように表面にぽつぽつと表れるものから、表面から立体的に噴き出したものもあり、その様子は変化に富んでいます。南蛮を中心に、粉引・刷毛目にもしばしば見られます。

黒ボツ(くろぼつ)

薬掛けの際に釉薬が伝った跡です。

釉雪崩(ゆうなだれ)

施釉などの際につまんでいた指の部分に​化粧土や釉薬がかからず、跡が残ります。この跡がまた器の景色となります。

指跡(ゆびあと)

​施釉の時釉薬をかけ外した部分。この部分は無釉なので使いこむほどに茶渋などで色が変わり、茶方では「火間」と称して粉引の見どころの一つとされています。

火間(ひま)

器が「育つ」

「育ち」始めた粉引の表面。

釉薬のピンホールを中心に「雨漏り」ができ始めています。

窯から出したときには目立たなかった貫入も姿を現し始めています。

粉引の芽跡。

芽のついていた部分は釉薬に覆われていないため、比較的早く「育ち」始めます。

いつからそう言うようになったのでしょうか。「陶器は、作り六分、使い四分」と昔から言うそうです。六割を作者が造り、あとの四割を使い手が育み作る、そういう意味だそうです。

云われるように、器の肌の色つやは使用によって経年変化します。釉薬の貫入やピンホールから茶渋などが素地に染み込み、あるいは高台の土が手ずれて、見違えるほど色つやが変わります。南蛮などの焼き締めは、使いこむほどに器肌が滑らかに潤い、色つやも深くなっていきます。伝世の名品に見る肌の調子や色つやは、何年何世代も使い込まれ、育て上げられた結果なのです。粉引の「雨漏り」などの見どころの多くは、育て上げられて生じたもです。
育てると云っても、それはゆっくりです。いきなり油ものなどに使ったり、お茶に浸したりして無理に育てようとすると、汚い汚れになってしまいます。先ずは水や湯になじませてから、ゆるりと普通に使っていってください。あなただけの一品に育っていくと思います。

​川淵直樹略歴

1946年 奈良県生まれ。
1971年 和光大学卒業。日本美術史を宮川寅雄、工芸史を小山冨士夫、西洋美術史を北原一也に学ぶ。

1974年 奈良西の京にて作陶を開始。小山冨士夫の影響のもと、独学で粉引・井戸などの作品に取り組む。

1976年 京都府下、南山城村童仙房に工房を移し、半地上式単房長窯(蛇窯)を築き、本格的に南蛮風焼締陶の焼成をはじめる。

以後一貫して、プリミティブな土器の世界、焼き物の発生の原点を志向。シンプルでありながら緻密な造形と、柔らかな轆轤のタッチとあいまった独自の焼き味に定評がある。

南蛮焼締、粉引、刷毛目のほか藁灰釉、長石釉、灰釉、鉄彩、白瓷などの従来の技法に加え、来待釉、野焼、生成り瓷器、陶画など独自の技法の作品がある。

​川淵直樹公式ホームページ http://www.myv.ne.jp/kawabuchi/